三年連続100万人を超えた八戸三社大祭の魅力とは

三年連続100万人を超えた八戸三社大祭の魅力とは

真夏の夜を彩る豪華絢爛なダシは、ますます華麗に巨大化する。

約290年の伝統行事は5日間開催され、祭の行列はやく3キロメートル続く。

2004年に国の重要無形民俗文化財に指定された。

八戸三社大祭の由来

八戸三社大祭の起源は、江戸中期に法霊社(現在のおがみ神社)が神輿行列を仕立てて、長者山虚空蔵堂(現在の長者山新羅神社)まで練り歩いたことに始まります。

1720年の夏、凶作を恐れた八戸の有力者たちが、法霊大明神に天候の回復と豊作を祈願したところ、無事に秋の収穫を迎えることができました。

そこで八戸藩から許可を取り付け、藩士から町人まで一人十問の寄進で神輿を建造し1721年7月19日、法霊神輿が初めて長者山新羅神社へ出向くことになりました。

この行列は、神輿を中心とし、その前後に幟や鉾、獅子頭や神楽、山伏、さらには獅子などが付き従い、鉦、太鼓、笛、法螺などでお囃子を奏でながら行列に加わった。

法霊神社は、かつて自らの身を投げて、八戸地方を天候不順から救った「法霊」という修経者が由来とされ、国利民福・五穀成就の権化法霊明神として祀っており、行列に山伏が加わっているのはそのためである。

御輿は神社を出て、南御門から街の西側をめぐり長者山へとたどる。

帰社は長者山を出発し街の東側を巡って南御門から神社に戻る。この二泊三日の渡御はやがて商業が発展し町人の力が強くなるにつれて、城下の町人と近隣の農民が楽しむ八戸城下あげての祭りへと成長していった。

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