シンプルに生きることの難しさ
連休初日はカフェで本を読んだり、勉強をして過ごしています。
皆さんは土曜日をどのようにお過ごしでしょうか。
「シンプルに生きる」と言うキーワードについて考えてみました。
皆さんは「シンプルに生きていますか?」
私は、以前は結構ややこしい人間で、仕事においてもこだわりを持ち、同僚へ「こうあって欲しい」「こうあるべきだ」など、比較的自己主張の強いタイプだったと思います。
また、支配欲も強く、「相手をこうしてやろう」「自分の考えを納得させる」などの考え方を持っていた時期もありました。
相手によっては、こちらの話にとりあえず合わせて対応する人、聞く耳を持たない人、聞いたふりをしてやらない人、私の考えに同調して更に提案までしてくれる人、色々な人がいました。
ただ、そう言う人生はとても疲れ、ストレスもたまり、何だか複雑なことだと今は思います。
また、人の考えていることに対し自分の意見を言うことは、結構疲れますし、自分が拘っていない事については、比較的人に同調することが多かったとも思います。
まぁ、普通のサラリーマン的発想でした。
Contents
勇気を持って自分を信じる必要性
私は小さい頃に転勤族でして、結構イジメられることがありました。
小学校時代は特に、イジメられることが多かったのを記憶しています。
殴られると言うことではなく、陰湿な仲間外れによるイジメでした。
イジメられた原因の一つは、身体が小さかったこともあると思います。
それも細かったので、弱々しく見えたのでしょう。
イジメられた時に助かったのは、私には別の友ができ、イジメられっ子と遊ばないと言う選択肢を与えてくれました。
そのため、勇気を持って立ち向かうことなくとも、自然と別の友達と楽しい小学校生活を送ることができました。
ただ、中学校や高校になると、身体も強くなりイジメられることは無くなりました。
その代わりに、周りのイジメが見えるようになりました。
ちょっと力が強そうな奴が、以前の私のように弱い人間をイジメていました。
その時、私はそのイジメっ子が許せなくなり、ちょっと怖かったですが立ち向かいました。
正直、結構力が強くなっていたことと、そいつが私からみると相対的に強そうに見えなかったからです。(笑)
恐怖に立ち向かう事を勇気と言います。
自分がかなりの勇気を持たない限り、恐怖を克服することは難しいです。
勇気を持って批判の真っ只中に飛び込むためには、自分を信頼する必要があります。
また、成功しようが失敗しようが結果を受け入れ、そこから学び取る事が必要です。
そのイジメっ子に「やめろよ」と言うと、必死に自己防衛をし、私に掴みかかってきましたが、筋トレをよくしていたのであっさり逆転し抑え込みました。
すると、謝りながら去って行こうとしましたが、捕まえて、私でなく彼に謝れと言いました。
彼に謝ると、泣きながら去って行きました。
翌日からはイジメは無くなり、そのイジメっ子が私を避けるので、私がイジメられっ子だったことから許せなかった事を伝えると、彼自身はイジメていると言う認識がなく、悩んで葛藤したと話してくれ、段々と止められなくなっていた自分を止めてくれてありがとうと言ってくれました。
それからは仲が良くなりました。
私は小学校の時にイジメられたことが原因ですが、自分を信じ、周りに何と言われようが我慢できないことはきちんと訴えるようにしています。
シンプルに生きるのは難しいかもしれませんが、自分に正直に生きることは大事だと思います。
何と言っても限られた時間しかなく、他人に自分の人生を台無しにされる筋合いはありませんから。
以前会社で「出る杭は打たれ、出過ぎた杭は抜かれるぞ」と上司に言われたことがあります。
ただ、私は「信念を持っている杭」は打たれず抜かれないと信じています。
なので、自信を持って信念を貫きました。
今も元気一杯です(笑)
これからも「信念を持っている杭」であり続けたいと思います。